山梨県ブロガー、勇のブログ 『富士山より先に噴火したいっ!!』

日本一横柄な子うさぎ、現代日本人の金銭感情の一考察 個人ブロガー勇がムービーを撮影して動画作ったりクチコミ体験して感想を綴るブログ。

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日本一横柄な子うさぎ、現代日本人の金銭感情の一考察

おい、俺だ。日本一横柄な子ウサギだ。どうだおまえら。今日は2013/1/1元旦。たまに会う友達と話すと楽だし楽しいよな。でも、同時に絶望的にもなる。

芸能人のペニーオークション、食べログ、グルーポン、コンプガチャ、今年も色々な問題があったけど、構造上の問題を見抜いて上手に役立てることができなくて一方的に被害者を装いたい消費者の思考水準の低さの問題だと俺は思っているんだけど、本当はもっともっと低くて、何に一番腹を立てているかと言うと「個人で多くのお金をもらっていること」らしいんだよ。つまり妬み僻みの劣等感なんだよね。もう、元の問題なんてすっ飛んでる。

アメリカを筆頭とする西欧キリスト教圏は寄付文化、日本は無償奉仕(ボランティア)だ。日本人で無償奉仕を威張る人はたしかに多い。この一連のお金に関する表面上の感情は本質的な奥の問題から湧き出ている。根底には「みんなのため理論」が重要視されているからだ。今日は現代に生きる日本人のお金に関する考察を論ずる。

人類の命題は交換をすることだ。海に住む漁師が釣る魚と、山に住む酪農家が育てる牛とを交換するときに、牛1頭と魚1匹では不釣り合いなので魚が数百匹も必要になる。でもそんなに魚を貰っても腐るので必要ない。これだと交換が成り立たない。そこで、腐らないように干物にして加工する技術が発明されて、次第にもっと軽くて互いに等価値を共有し易い数字に置き変えるようになった。それが金だ。

人間は誰でもお金を沢山貰うことは良いことだ。逆に、お金を貰わないことは良いこととは言えない。例えば、7人の人がいる中で、財布の中に1万円を持つ1人が1万円を財布にしまったまま1週間を過ごせば、1週間のうちでお金は役に立っていないことになる。0円だ。

1人の人が1万円を他の人から貰うためには、何かしらの仕事・役割が、他の6人がするよりも効率的であったり、得意なことをすることで1万円を貰う。同じように、他の6人も互いに得意なことがあるはずだ。お互いの得意分野を認識し共有し合うことができて、毎日1人ずつが1万円を他の人の役割に対する対価として譲り合うことができれば、1週間のうちに7万円の価値になる。

他人がするよりも効率的であったり、得意な役割を生み出すためには、自分自身が好きなことであることが重要だ。人間は自分自身が好きなことについては自主的に考えを深めることができる。新しい付加価値を生み出したり時代や環境に応じて進化させることができる。こうすることでさらに価値が付く。本来は1万円だった対価が、2万円でも喜んで払ってもらえるようになる。7人が2万円を喜んで譲り合うことができれば、1週間のうちに14万円の価値になる。

喜ばれることでさらに価値を生み出すようになるだろう。価値を生み出せる創造的な自分自身に価値を感じるようにもなる。物質的で相対的なお金を通して自分自身の精神的で絶対的な価値を認めることを経て得られる次の価値は無限の価値の広がりに繋がる。次第にもっともっと増えて行くだろう。

一人の人が生み出す多種多様な価値とはその人の内から沸き起こる自由化と個性化の結果だ。それをなるべく最小の単位で行うことで交換と分業を促進させることが最終的にはみんなの利益になる。例えば国家間より地域間、地域間より小さな会社、小さな共同体、個人間で促進させることだ。国家間のように広義で促進させることは汎用化・規格化・没個性化には繋がるが個人の自由化と個性化へは繋がらないからだ。たった一人の自由と個性から広がる富が、最終的にみんなの富になる。逆に、みんなの富から一人の富には繋がらない。

現代に生きる日本人のお金に対する感じ方には根深い問題がある。お金だけの話に留まると説明が終わらないのでもう少し僕たち現代に生きる日本人のバックボーンから考えてみよう。戦後の現代に生きる日本人は直接的にはメディアによる影響(根底には戦後からの支配の構造によって)で、みんな(全体)のための大義名分と善悪2原論で考える習性が根付いてしまった。みんな(全体)のための反対は自分1人のためだと考えてしまう。だから自分1人のためが悪いことのように感じてしまう。ところが、「みんなのため」の反対は「みんなのためには”必ず”ならないこと」だ。陰があって陽があり「自分1人のため」のことが巡って「みんなのため」になる。

もし「みんなのため」が本当に「みんなのため」であるならば、そこには少なからず(見通しが付く10年後、30年後なりの)未来の「みんなのため」も想定されているはずだ。ところが、現状は「今のみんな」のための問題を「未来のみんな」へ押し付けて問題(当たり前の様に予測できて回避できたはずの少子高齢化・原発・不況などの諸問題)を気にするそぶりをしながら実際は無視した結果が今日だ。「みんなのため」の押し付け合いは、結局は「みんなのため」にならない。みんなが叫ぶ「みんなのため」は組織化された現代日本版の権力闘争の口実だ。

当たり前の様に「みんなのため」を謳歌する現代日本人たちは自分たちのことを当たり前のように民主主義者で常識人で善良であり多数派に属していると感じて安心している。ところが本当は、多数派へ属していないと自分自身が不安なだけなので結局は自分自身のためなだが本人は死んでも気が付くことはない。何故ならば、もうすでに気が付きたくなくなってしまったからだ。

このようにして「みんなのため」主義は僕たち日本一人一人のお金のみならず自由までもを統率するための相互監視機能を強化している。結果として、お金のみならず自由も縮小して今日に至る。でも今の日本人なんてそんな連中ばっかりだ。それは仕方ない。そんな中にあっても俺は、少なくても、仲間・友人らには不幸な考え方をしてほしくない。しかも、思考って遺伝だからな。自分のためにも、次の者のためにも、不要な感情は断ち切れ。

http://jba.vc/=全国ブロガー協会

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  1. 2013/01/02(水) 10:19:35|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

探偵GODのコメント

確かにね
  1. 2013/01/03(木) 11:30:24 |
  2. URL |
  3. 探偵GOD #USldnCAg
  4. [ 編集]

日本一横柄な子うさぎ、現代日本人の金銭感情の一考察

お早う。きっとスパムなんだろうけど返信書くよ。意味もなく早起きしすぎたから。

俺も探偵だぜ。大学時代からホストやりながら探偵やっててさ。飲み屋と探偵って上手くリンクする組み合わせなんだよ。それと大学で学んでた法律よりまず証拠だなと思って。不要な業法できる前からずっとやってた。

依頼人から相談受けた段階でわかっちゃうんだよ。いろいろと。でさ、誰が手伝っても往々にして結果は一緒なんだからさ。依頼人本人の奥の問題なんだからさ。

でね、飽きたの。探偵の仕事。それこそ他人の人間関係の中の話を出ないじゃん。昔は楽しかったんだけどね。もう次行くかなと。わざわざ俺が人生かける志事じゃなくなった。ブロガー協会をやりたい。そんなこんなだ。

  1. 2013/01/07(月) 05:58:16 |
  2. URL |
  3. 勇 #-
  4. [ 編集]

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