山梨県ブロガー、勇のブログ 『富士山より先に噴火したいっ!!』

2010?2020年を生きる日本人の成功哲学=“英雄的考え方” 個人ブロガー勇がムービーを撮影して動画作ったりクチコミ体験して感想を綴るブログ。

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2010?2020年を生きる日本人の成功哲学=“英雄的考え方”

2010年?2020年の10年間は、
英雄的な考え方ができるかどうかが人生を成功させるカギを握ります。
当たり前のことですが己の考え方一つで人生とはどうにでも成るものです。
いままでの大衆的な考え方を捨てて、
これからの英雄的な考え方をしましょう。
そのためには、
当たり前のように正しいと勘違いされている“多数決のウソ”“世の為人の為のウソ”に気付きましょう。
続きを読むにはこちらをクリック
 ↓



本文は以下、
・大衆的な考え方をする人を分かりやすく“大衆”と表記します。
・英雄的な考え方をする人を分かりやすく“英雄”と表記します。

========================================

大衆は、
一歩先を注視している。
もっと言うと、
他人の踏み出す一歩を注視している。
我慢できずに一歩踏み出そうとするとき、
多数の他人に判事を求める。
求めれば止められる。
かくして自分も他人を止める。
自分を止めた他人に責任を求め、
自分も他人から責任を求められてうろたえる。
かくしてそれを繰り返す。
慣れ親しんだ惰性の繰り返しに身を委ねることが大衆の人生である。

英雄は、
暗く深い井戸の底で、
ただただ深く自問自答して考える。
考えることで大衆の意見と英雄の意見を分別できる。
学ばずして学び方を身につける。
井戸から出て高台に登り、
ずっと遠くを見渡す。

大衆は、
自分たちと同じ土俵にいない高台に登った英雄を「ずるい」という感情で妬む。
大衆は英雄を高台から下し、
自分たち大衆と同じように互いの足元を注視させたい。
そのために、
高台の護衛が手薄になればこの高台を壊す。
壊される前に高台から指示が出されればこれに従うふりをする。
指示に従う大衆が増えてきたことを確認してから高台からの指示を信じる。
大衆は一人の英雄を信じることはできても理解ができない。
大衆が信じる対象は正義と言う名の力であり数の大小である。

========================================

大衆は妬みや閉塞感・劣等感から人を名指しして批判したいものだ。
反面、英雄は何事もフレーム・仕組みで必然として受け入れる考えをする。

たとえば、
年配の大衆が、
若い英雄に対して「君が悪い・今の若いやつときたら…」と批判しても、
本当は社会全体の問題であったり、
年配者自身に「頼り合いたい」という感覚が芽生えるからだ。
孤独についてあらかじめ考えて予知することができず、
誰からも学べなかったからだ。
周囲のことには敏感で臆病なのだが、
自分自身の変化にはなにも気が付かない。
「自分たちは世のため人のために生きて信用を得てきた。君はまだ経験が浅いので模範的に生きれていない。それなのに、その君の僕に対する態度は何だ!!」
つまり、
「相応の恩恵を与えよ!!」
と言いたいのだ。
これを聞いた若い英雄は、
年配の大衆がこのように説法することを予知していて、
なぜこのような考え方をするのかを理解しているので、
この大衆の年配を哀れに想う。
そして感謝できる。
この大衆には悪意はないことを理解しているからだ。

ただ、
ここで英雄が留意しなければいけないのは、
この年配者の時代はこの考え方で良かったのかもしれないということだ。
大衆的な考え方でも良く生きられた時代はつい最近まであったのだから。
かつてはこの年配者こそがいわゆる英雄であったのかもしれない。

世界の歴史から考えていくと、
昔の考え方は自然や文化によってゆっくり変わり何世紀に1度の革命で一変した。
日本で生きる僕たちの世代は実に親子の代たった1世代で革命を経ずして革命のように変った。
今後の変化はますます速い。
日本史史上最速であり目に見えない淘汰の渦の渦中だ。

このように英雄は世代や背景などなるあらゆる要因を多角的に相対的に分析できる。
相対視できるものは全て相対視する。
自分に対しても他人の個体に対しても先入観なく過不足無く相対視できるからこそ、
ことの本質や絶対性を探し当てる。
コト(事)を超えるモノ(物)などない。
どんなモノでもあなたを通したコトの補完をすることで初めて役にたち、
モノの全てはコトに内包されている。
コトの全てを決定できるあなたこそが尊いのであり、
そのことに気が付いたあなたこそがコトの全て・モノの全てを創造できる。
産み出す力を身に付けた英雄となれる。

大衆は他人の個体に対して先入観を持つためそもそもの相対視ができない。
もしくは相対視している範囲が著しく狭い。
だからたわいもないことを本質的なコトや絶対的なコトだと勘違いする。

========================================

大衆であれ英雄であれ多くの個人は個人の善意で動く。
団体は一部の個人の利害で動く。
大衆と英雄個人の善意は団体の利害とぶつかる。
団体の利害がひとたび仕組みを作り上げると、
その仕組みを個人の善意で崩すことはできない。
なぜならば、
団体の利害が作り上げた仕組み自体が広く大衆の善意を装っているためだ。
大衆の善意とは大衆性を纏った独善的な善意である。
大衆の善意を団体の利害が上手く取り込むことによって、
大衆の善意と団体の利害は英雄の善意と対立する。
悪意を持った英雄も大衆の善意を上手く取り込む。
大衆は悪意が作り上げた仕組みを善意で迎えるのである。
かくして英雄の善意は孤立する。
善意よりも悪意のスピードが速いのはこのためである。
団体が作る仕組みは、
さらに力を持つ団体の利害により変えられるか、
もしくは仕組みに内部矛盾をきたした時、
その仕組みは崩壊する。
もしくはこの仕組みの真実を理解した英雄の勇気ある知恵により崩壊する。
神が善意の大衆を作り団体の利害(もしくは英雄の悪意)が神を創る。
個人の善意・悪意はあっても善悪など初めからない。

大衆は祈る事で奇跡を起こすことを望む。
英雄は真実を考えることで夢を現実にさせる。
英雄は真実を求めるが、
真実は大衆を傷つける。
大衆へ真実を教える必要はない。
そもそも大衆は真実を知ることや、
真実を求める英雄になることを望んでいない。
大衆は大衆であることを望んでいる。
さもなくば何も発することができなくなるからだ。
仲間へは真実を伝えよう。
仲間と敵はなるべく全て英雄でなければいけない。
尊敬し合わなければいけない。
仲間が英雄になりたがるまで
仲間が真実を知りたがるまでそっと仲間を待ってあげよう。
仲間から優先的に英雄を排出しよう。
文章は真実を語れないが、
口頭ではもっと語れない。
とかく大衆へ口頭で説明した場合には、
論理的で、
より多数の大衆が支持する既成概念の、
より広義の正義で、
より力があり、
より分かりやすいことが正しいとされて好まれる。
しかしこれは全てうそである。
だから大衆へは真実は伝わらない。
大衆が大衆であるゆえに真実は伝わらない。
それに気が付けば大衆へ怒りの感情など沸かないはずだ。
裏切る者の多くは自分自身への自信のなさから人を裏切る。
大衆は自信がなく人を裏切るので他者の裏切りが許せない。
許さないので裏切られる。
英雄は価値を求めずただ人を待つことができるので裏切られない。
人間は誰しもただ待つ人間を必要とするためだ。
大衆は他人の秘密を打ち明けることでその秘密を公言する準備をする。
大衆が他人の秘密を口止めする理由はその秘密の公言を独占したいためだ。
大衆は情報をコントロールするがコントロールされた情報に気が付かない。
つまり大衆は自分を知らない。

========================================

大衆は我慢が得意であるが考えることは不得意である。
英雄は我慢が不得意であるが考えることは得意である。

大衆にとって我慢とは美徳だ。
英雄にとって我慢とは妥協の言い訳である。

大衆は知ったふり・知らされたフリをするが、
英雄は知らないふり・知らされていないフリをする。

大衆は発するとき広義の正義や多数派の代弁者を装うが、
英雄は一人称の自分で意見を言う。

大衆は他人の多数決で自分の評価を決める。
英雄は自分と他人を過不足無く相対視したのち、自分の評価を自分で決める。

大衆は他人からの評価を通した過去の名誉を威張る。
英雄は一人称の未来の夢で威張る。

大衆は祈る事で奇跡を起こすことを望む。
英雄は真実を考えることで夢を現実にさせる。

大衆は自分の夢を子に託す。自分自身の劣等感と閉塞感を添えて。
英雄は自分の将来が楽しみである。

大衆は他人に決定させて、同時に他人に責任を負わせる。
英雄は自分で決定して、結果を必然としてとらえる。

大衆は過去のつみかさねで未来が決まると考えている。
英雄は現在のつみかさねで未来が決まると考えている。

大衆は過去から未来へ時間が流れていると考えている
英雄は未来から過去へ時間が流れていることを知っている。

========================================

神秘至上主義 悩み・祈り・信じる
体験至上主義 学ぶ・調べる・想い込む
懐疑至上主義 疑う・考える・発見発明

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考える英雄には、知恵があり、予知できる。
考えだけで完結できない場合は学ぶことで補完しなければいけない。
学ぶためには学ぶ前に学ぶ情報の精査と選別をできるようにしなければいけない。
さもなくば鵜呑みに想い込んでしまう。

精査や選別をできるようになるためには、
人の仕組み・社会の仕組み・もっと細分化したあらゆるフレームの仕組みをバックボーンから考えて本質を見抜く能力をつけなければいけない。
本質を見抜く能力とは、
ずっと遠くを見渡し遠くから逆算して考える能力である。
この能力が身に付くと、
人と人との関係性の中の話や、
目先の現象に感情で振り回されることがなくなる。
これだけのために振り回されて一生を生きる大衆が“思春期の老人の群れ”に見えるようになる。

過去とミライ、表と裏、陰と陽を同時に考えて、
ミライを予測できるようになる。
臭いものには蓋をする前に、
しかと見定めて悪臭の原因を考えよ。
原因の一つは己の心の奥にあり、
一つは仕組みの奥にある。
眼前にある現象と、
現象の直接的要因は必然であるとして蓋を閉めよ。
閉めた蓋の場所は覚えておけ。
睡眠中に蓋を開けて辛い夢をみよ。
続きの夢で辛さを克服せよ。
性悪説の立場でも徹底的に検証し、
それでも精一杯前向きに生きよう。
失敗は恐れず、
同じ失敗を惰性で繰り返すことを恐れよう。
一人称の自分自身で楽しみながら考えよう。
考えること自体を楽しもう。
自分の価値を存分に認めて、
同時に自分には価値がなくて良いことも認めよう。

互いに英雄であっても、
自分がかけた恩の苦労は1割しか理解されないし、
人の恩は1割しか理解できない。
だから、1を受けたら5を返す。
5を返すと2.5が返ってくる。
かくして恩が相殺されたとき、
2人の英雄はもっと大きな恩を互いに試してみたくなる。
互いの夢を照らし合わせて交差させる。
そもそも英雄とはたとえ一人でも進む者なのにだ。

これからの時代は大が小を兼ねない。
極小が小になり中になる。
これからは価値創造的で、
産み出す力や、
0を1に変えるような力が求められる。
俺達一人一人の人生の深みが試されている。
一筋の光を正確に見定めて一直線に走り続けて突破口を開けること。
より複合的・より長期的な目標に対して、
より強いイメージを持つ英雄になろう。
その英雄がリーダーとなり最終決定権者となって全てを決める。
リスクは分散し、
力は一か所へ集める。
そのような小さな集まりを作るためには、
少数派でも最後まで支え続ける一握りの仲間こそ大切だ。
大衆は後から付いてくるものだ。
英雄はひとたび団体へ属すると、
団体のリーダーの立場で動く自分を認めることができる。
英雄と英雄同士がそうであるように。

========================================

世のため人のためはウソである。
大衆が増えるからだ。
閉鎖的な環境下では特に、
大衆が増えると英雄が激減する。
大衆によって育てられた子は大衆として育つ。
生まれながらの大衆も英雄もない。
育ちながらに大衆となり英雄となる。
自分のために自分の人生を生きよう。
そのように生きれば全てを必然と捉えて自己完結できる。
人生を毎日を仕事を楽しみながら考えて生きることができる。
それこそがあなたのためになり、
あなたの近くの人のためになり、
世のため人のためになる。
他の何より英雄を増やすことこそが世のため人のためになるのだ。

一見すると価値があるように見える既存の権益者が創った仕組みの土俵の上には上がらず、
新しい仕組みを創り、
そこへみんなが喜んで価値を産ませ合う仕組みを作ろう。
新しい価値を生み出す次世代を伸ばし、
喜んでお世話をしてくれる次世代の英雄たちに喜んでお世話されよう。

========================================

公務員で大衆は、
平日の8時?5時を仕事の時間と考えている。
仕事の時間以外をプライベートな時間だと考えている。
仕事を済ますことでプライベートで使えるお金を得ると考えている。
縦割りの時間で動く。

サラリーマンで大衆は、
会社の運営時間、
もしくは自分が働く時間を仕事の時間だと考えている。
仕事の時間以外をプライベートな時間だと考えている。
仕事を済ますことでプライベートで使えるお金を得る。
『仕事の時間を増やすことで使えるお金も増えると考えている。(経営者と比べて相対的に)』
縦割りの時間で動く。

経営者で英雄は、
会社の運営時間と、
自分が働く時間を仕事の時間であると同時にプライベートな時間だと考えている。
仕事の時間にもプライベートの時間の両方にお金を使い、
かつ両方の時間でお金を得る。
つまり時間の垣根がない。
『仕事とプライベートの時間の割り振りに応じてお金が増減するとは考えていない。(サラリーマンと比べて相対的に)』
縦割りと横割りの時間を同時に考えて
相対的に優先順位を組み立てて臨機応変に動く。

時間とは、
順序立てて縦割りで決めなければいけないケースと
横割りで優先順位を考えながら決めなければいけないケースがある。
どのようなケースにも対応できるようにするためには、
縦軸と横軸と立体軸で相対的に優先順位を考えなければいけない。
縦割で考えなければいけない場合は関係性が希薄な先方に対して優先順位が高い要件の場合のみである。
大衆は全ての時間の概念が縦割りである。
縦割りであっても各人によって無意識に優先順位を決めているものだが意識上へ上げることができないので、
それを常識と言う名の本に他者へ押しつけて一蹴する。
順序立てて縦割りに整理した方が考えないで済むので楽である。
順序を優先するあまり手段が目的に変わり目的が手段に変わる。
仕事とプライベートを時間で分けているために、
プライベートの時間でお金を得ることに罪悪感がある。
人間は考えるよりもただ動いたほうが楽である。
楽だから動いているだけなに労働時間の長さやモノの量や数ばかりが気になる。
大衆は作業を周到にこなす。
すでに前例のある決められた作業を念入りにこなす。
新しい作業が必要な場合は指示を求める。
大衆にとっての仕事とは予め定められたことを定められた通りに完了させることである。
だから予定を狂わされるとうろたえる。
うろたえた原因を自分のルールにのっとらない特定の個人のせいにする。
結果論に対して「ほらやっぱり・だから言ったのに」と予め予測していた素振りをする。
事前にどうしても意見しなければいけないときや決めなければいけないときは
「普通は?、常識的に考えると?」を枕言葉に付けて言うもしくは決定する。
「私の意見はみんなの意見。だから私は正しい。でもこの失敗はあなただけの失敗。だからあなたが悪い。私はこうなることを知っていたんだよ。」
ということが言いたいのだ。
大衆は他の大衆に対しても劣等感を持っているためにこのような表現を使う。
大衆が一人称の自分の意見として正々堂々と発するのは結果論に対してのみである。
大衆が最も得意とすることは目先の現象を感情で解釈して眼前の個人を名指しして批判することであり、
大衆の個人が最も恐れることは名指しして批判されることだ。
大衆は名指しの批判に対して抗弁しようとするために抗弁できない。
大衆とは名指しされた時点でおしまいなのだ。
大衆が大衆であるゆえにだ。
大衆がより多数の代弁者を装うのはこのためだ。
大衆とは必ず安全そうな場所(より多数の場所)に居続けたいのだ。
それゆえ大衆の時間の概念は(間違わないために)縦割りである。
間違わないために学ぶ。
学んだことを鵜呑みにする。
かくして既成概念にガチガチに縛られた立派な常識人たる大衆が完成する。
大衆は自分の中の個性を黙殺する。
大衆は広義の正義のために我慢することを他人に推奨する。
広義の正義の最たるモノは環境問題だ。
環境問題は国境を越え、
世界全人類のためになると考えられているからだ。
他人に推奨するうちに自分も始める。
善意の大衆は広義の正義のための我慢が心地よい。
より人の役になっていると錯覚できるからだ。
さらに、
洗濯を不要とするジーパンの上下を着て毎日の化粧をしないでも済む。
消費する水と食料のために自分の命を終わらせることもできる。
自分の行動を見た他人が自分と同化することに喜びを感じる。
大衆が『自分は(個体としての自分が)認められた』と感じる数少ない瞬間だ。
世の為人の為を装い他の大衆からのうわべの信用を得るために、
自分の人生をすり減らす。
大衆は広義の正義の上でしか自分の個性を表現できない。
我慢を尊しとして個性を重んじないためだ。
自分の事(コト)より分かりやすい有限の物(モノ)を重視する。
数の大小ばかりが気になる。

英雄は我慢を尊しとしない。
労働時間の長さより考え方の質を大切にする。
自分の事(コト)に勝る物(モノ)はないことを知っている。
自分の個性を認め、
他人の個性も認める。
英雄同士は伸ばし合いそれぞれの方向へ走り合える。
人生を毎日を仕事を楽しく考えることで新しい価値を生み出す。
新しい産業には新しい血液(お金)が流れ、
新しい仕組みを作り、
既存の仕組みを変えることができる。
世の中を変えることができる。
世のため人のためになることができる。
英雄は自分で決める。
英雄は他人の決めごとに関わらない。
英雄とは他人の判事を断るものだ。
英雄は大衆へ真実を伝えることに労力をさかない。
大衆は自身が学びたいがために他人へ教えたがる。
大衆は他人の判事も引き受けたがる。
大衆は善悪を知っているつもりでいるからだ。
大衆のように人へ教えたい人は人により考えを変えられる。
考えた末に意識しなくなった人の考えに同化する。
つまり大衆が英雄に同化する。
小さな集まりで中長期的に考えると同化する。
意識の及ばない範囲でゆっくり同化する。
どのような小さな集まりであれ英雄が必要だ。
英雄のいない集まりの将来は悲惨だ。
英雄のいない集まりは英雄を迎え入れることはできない。
英雄のいない集まりを抜けて、
英雄のいる集まりに自分から参加すべきだ。
多くの大衆にとって、
始めの1歩はここからだ。

僕たちの親の代には日本の2010年?2020年対応型の英雄はまずいない。
そもそも1世代前は日本の2010年?2020年対応型の英雄である必要がなかったからだ。
少子化が進み、
ますます親は子へ成功を求めず大衆であることを求める。
親が子へ無償の愛を叫び子が大衆であることを求めても、
子は親と同じようにしか生きられない。
親の生き方が英雄的であれば、
その子はその時代へ応じた英雄となる可能性が高い。
しかし、
肝心の僕たち日本人には絶対的に英雄が少ない。
既成概念にガチガチに縛られて育ち、
考えることなどできていない。
これから産まれ育つミライの日本の英雄たちはただでさえ数が少ないのに、
僕たちの世代から団塊の世代を含めた日本中の全ての世代によって確実にねたまれて足を引かれる。
これはヤバイ。
突っ走れる次の世代の若い英雄たちを認めることができる大人を増やすために、
僕らの世代にも突っ走れる英雄を増やさなきゃ。
広く大衆の足元に合わせた風を装い既得権者を潤わせる“従来の世のため人のため”から、
突っ走れる英雄を増やす“これからの世のため人のため”の考え方が必要だ。

一世代前には絶対的な善であると考えられていたことのほとんどが本当はウソだった。
これが日本史上最大最速であり全く目に見えない淘汰の渦だピョン❤

========================================

僕たちは学生時代の仲間の集まりから始まった組織。
人の出入りが多い中で会議をしていると、
根幹を成す組織・事業の全体戦略・包括的マーケティングからそれて、
相対的でないことを相対視する上に意味のない多数決を取り始めて論点がずれたり、
討論が始まり人の感情が入り乱れてむちゃくちゃになります。
もちろん、
何の意見も出ないお硬い会社の会議と比べるとはるかに良いけど。

で、
これまでにいくつものルールを作りました。
ルールの中の一つに『もったいない・普通は・常識は…ets』を使って意見するなっていうルールを決めました。
そうすると、
「おい勇、なんで普通?って使っちゃいけないんだ?」って話になる。
もちろんそうなります。
良い質問です。
この良い質問に対してあろうことか僕は、
「クセ付くからよせ。ハッキリ言って。」って一蹴してしまうんです。
こんなこと言われたらどうですか?
チンプンカンプンですよね。(笑)
何の説明にもなってない。(爆笑)
僕のよくないクセ。
僕はいつも結論しか言いません。
僕は考えることが大好きなんですが教えるのは大嫌い。
だって面倒だし口頭でいくら話しても伝わるとも思わないし。
「普通や常識?」のウソはなんとか説明できたとしても、
多数決や世のため人のため理論はほとんどの人にとって絶対的な善だと考えられているから、
口頭で簡単に説明できることじゃない。
かといって言語で文章にすると白黒ハッキリ言い切らなきゃいけないし。
微妙なニュアンスを文章で説明すると長文になっちゃうし。
でも理由を伝えないと納得できないからみんな実践できない。
何より俺と話がかみ合わないことが困る。
俺もたいがい空気を読むし人のデリケートな部分に気が付いて合わせられる人なんだけど、
考え方だけはむやみに合わせられない。
だから、
文章では真実は伝わらことを承知の上で。
とりあえず文章で伝えるための努力をしてみたわけです。
それで出来あがったのが
『2010?2020年を生きる日本人の成功哲学=“英雄的考え方”の勧め』です。
とりあえず事務所へ貼っておけばいつでも引用して説明できて便利っぽい。
まだ構成がメチャクチャなんでいったん上げてまたいつか手直ししとこっと。
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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2010/06/07(月) 17:52:05|
  2. そのうち分類
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:8
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コメント

近日参上

森の木三世。

と、

しかし、長い文章ですね~^^;
  1. 2010/06/10(木) 08:28:30 |
  2. URL |
  3. 森の木1964 #-
  4. [ 編集]

2010~2020年を生きる日本人の成功哲学=“英雄的考え方”の勧め

2010~2020年を生きる日本人の成功哲学=“英雄的考え方”の勧め

段落構成したらちょっと短くなるかも。

  1. 2010/06/10(木) 13:33:57 |
  2. URL |
  3. 勇 #-
  4. [ 編集]

勇さん、お久しぶりです。
じっくり読みたいです。
また、来ます。
  1. 2010/06/11(金) 12:45:26 |
  2. URL |
  3. ゆうこ #-
  4. [ 編集]

2010~2020年を生きる日本人の成功哲学=“英雄的考え方”の勧め

ゆうこさんこんにちは。
じっくり読みたくなった時が読み頃です。
  1. 2010/06/12(土) 12:18:05 |
  2. URL |
  3. 勇 #-
  4. [ 編集]

長くてすみませんm(_ _)m

そういえば…先の記事を読んで思い出した事件がありますw
韓国地下鉄火災事件における「多数派同調バイアス」と「正常性バイアス」
 2003年2月18日午前9時53分、通勤ラッシュが一段落したした韓国・大邱(テグ)市、中央路(チュアンノ)駅で地下鉄放火事件が発生しました。この事件で約200人の尊い人命が奪われてしまいました。事件後新聞などで公表された中に、地下鉄車内で乗客が出火後の状況を写した写真(左)がありました。煙が充満しつつある車内に乗客(10人くらい)が座席で押し黙って座っているという不思議な写真でした。
 それを見てまず「なぜ逃げようとしないのだろうか」と疑問に思いました。そして、これは「多数派同調バイアス」(majority synching bias)と「正常性バイアス」(Normalcy bias)によって非常呪縛(Emergency spell)に支配されてしまった結果であろうと思い至りました。
 バイアス(bias)というのは、心理学的には「偏見」「先入観」「思い込み」などと定義されています。「多数派同調バイアス」と「正常性バイアス」は認知バイアスの一部と認識されていますが、緊急時における「非常呪縛」(Emergency spell)とですよね。特に災害や事件などの非日常の状況が発生したときの「無思考状態」に陥ったときや、あれもこれもやらなければならないと思ったときに「優先すべき行動が混乱しわからなくなってしまう」ときなどに顕著に見られる現象です。煙が駅と車内に充満したとしたら、心の警報が鳴り響き、客観的には直ちに避難するなどの緊急行動をとると思うのが自然です。しかし、過去経験したことのない出来事が突然身の回りに出来したとき、その周囲に存在する多数の人の行動に左右されてしまうのです。それはその人が過去様々な局面で繰り返してきた行動パターンでもあるのです。どうして良いか分からない時、周囲の人と同じ行動を取ることで乗り越えてきた経験、つまり迷ったときは周囲の人の動きを探りながら同じ行動をとることが安全と考える「多数派同調バイアス」(集団同調性バイアス)という呪縛に支配されてしまうのです。
 こうした心理が同じ境遇に陥った乗客同士にも働いたものと考えられます。加えて、こんなことは起こるはずのない信じられない出来事と捉え、リアル(現実)ではなくヴァーチャル(仮想)ではないかという心理が働き、異常事態というスイッチが入らない状態、つまり「正常性バイアス」が働いてしまったものと思われます。ある番組で、この写真に写っていた人のうち助かった若者を探しその時の心理状況を聞いたところ「最初は、まさかこんな大変な火災が発生していたとは思わなかった」「みんながじっとしているので自分もじっとしていた」と話していました。まさに、正常性バイアス、多数派同調バイアスという非常呪縛に縛られた結果だったのです。「その後、誰かが火事だと言ったので、慌ててガラスを割って逃げて助かった、ほかの人のことは分からない」とのことでした。このように集団の場合ほど「非常呪縛」(Emergency spell)に陥りやすく逃げ遅れる可能性が高いのです。煙…みんなは平気そう…火事だ!と気が付ける人になりたいと思います。そこに気が付けるかが問題なのです。
勇さんの仰る英雄と大衆もこの場合と重なるものがあるような気がいたします。

私くらいの距離の人間から客観的に見てみるとブロガー協会の皆様は結構個々がハッキリとされていて自己主張も適度に…調和が保てれながらもそれぞれはとても素敵なハーモニーを奏でている感じ?それがとっても素敵に思えます。

高い塀の上に子猫が3匹います。下で親猫が子猫に「大丈夫よ。こっちへおいで。」と言っているようです。3匹のうち1匹は勇気を出して飛び降りました。「大丈夫だったよ。2匹ともおいで。」それを見ていたもう1匹も続いて飛び降りました。猫ですから見事着地成功!さて…あと1匹はどうしたでしょう?
そう…飛び降りなかったのです…言い換えると…飛び降りるコトもしなかったのです。
そのままミャーミャー鳴いているだけ…たくさん鳴いたってアピールしたって…

実は私も苦手です…頭の中で色んな話や会話が光のように交差して結局ワケのわからないこと言ったりして…話が飛ぶ現象が!しかも私の場合は永遠に話していられますよ^^;例えば突然2時間何でも良いから話しろ!って言われれば何の計画もなくず~っと…私も変わってると良く言われます。普通ってなんだろ~?って考えちゃいます。普通って…私は普通にしているつもり…でも普通じゃないんだ!って小さい頃からずっと…考えてました。だから私から見て普通の人とか変な人とか…そういうのはわからないです。勇さんの言いたいこと少し理解出来たような気がいたします。…たぶん
長すぎ…^^;
  1. 2010/06/29(火) 00:58:04 |
  2. URL |
  3. 武田松姫 #-
  4. [ 編集]

人のこと言えないけどホントに長いね

僕だったらとりあえずその場でウンコしますね。
「臭い!!この匂いがおまえたちの現実だ!!臭いから早く逃げろ!!」って言います。


武田松姫さんの仰る通りブロガー協会には個性的な人が多いと思います。
ブロガー協会のブロガーに限らず、
そもそもブログとは個性的な人じゃないと続きません。
自分自身の考え方や好きなことや得意なことを堂々と表現できる人じゃないと続かない。
周りの足元が気になり何も発信できないタイプの人はブログは不向きです。
だからほとんどの人はブログが続かないんです。
ほとんどの人はただ人とコミュニケーションを取りたいだけなんです。
それならSNSや匿名の掲示板で十分なわけですから。


全国ブロガー協会の前身となった山梨県ブロガー協会の会員たちを見てみてください。
http://yamanashi.jba.vc/
カッコイイ英雄たちが沢山います。
こんなすごい英雄たちをネットで集めて事業化した俺たちしてやったり!!v-91グッ!!


僕たち全国ブロガー協会は、
日本中それぞれの地域に必要です。
それぞれの地域にブロガーを集めれば、
地域のブロガーが地域の小さな会社を元気にして、
日本にはもう不況はこなくなると真剣に考えています。


これからの小さな会社が生き残るには個性的に活躍しなければいけません。
個性的に活躍することはブロガーの得意分野です。
地域の小さな会社には地域のブロガーが必要です。


個性的な事業主、
個性的なブロガー、
個性的な大人たちが増えると、
個性的な大人に育てられる個性的な子供が増えます。
個性的な子供は他人の個性を認め合い、
あるがままの自分たちを認めあう社会を創れます。
そんな社会は、
もう不況になることはありません。
新しい個性的な産業が産まれ、
内需が拡大します。
大きな資本に潰されず、
小さな資本を産み出し伸ばし合う社会。
日本にはもう不況はこなくなります。


僕たちが小さな会社にこだわるのには理由があります。
小さな会社の売り物とは、
個性的な事業主の人生そのものだからです。
小さな会社の売り物とは、
モノではなくコトであり、
そのコトとは事業主の人生そのものです。
松姫さんの場合も同じです。
松姫さんのコトとは唯一無二のコトであり、
あなたはだだ、
あなたであるだけで美しいいからです。
僕たちは事業主の個性を引き出し、
その個性的なサービスや商品を多くの人へ伝えます。


世のため人のためではなく、
小さな会社のリーダーの個性を伸ばすこと
たった一人の人間のために尽くすことこそがひいては世のため人のためになるのです。


それぞれの地域のブロガー協会は、
それぞれの地域の倒産率を10%下げます。
全国ブロガー協会が日本全国へ広まると、
日本の倒産率を10%下げることができます。
日本にはもう不況はこなくなります。


僕は親猫ではありません。
引きこもりの小鹿です。
先日はカミナリがこわくて車内へ避難し、
カミナリ雲を逃れ逃れて昭和町のパセオの駐車場へたどり着きました。
カミナリにおののく同じ小鹿たちの車がいくつかありました。
平常心を装いながらも、
確実におびえている彼らの姿を見てハッキリ「こいつらは小鹿だ」と認識しました。
そう。
僕も同じ小鹿だからです。


  1. 2010/06/29(火) 12:25:38 |
  2. URL |
  3. 勇 #-
  4. [ 編集]

英雄


未来を切り開きたいです、
私も頑張って生きていこうと思いました。
  1. 2010/07/13(火) 23:06:15 |
  2. URL |
  3. ゆ #-
  4. [ 編集]

2010年から2020年を生きる日本人の成功哲学 英雄的考え方の勧め

ゆさんへ

頑張って考えて生きましょう。

自分で考えるか、
考える小さなコミュニティーへ帰属できるか、
宗教などへ考えることをまるごと外注するか。
3つに一つです。

自分が英雄になるか、
英雄のいる物理的に距離が近く密度の高い小さなコミュニティーへ帰属できるか
団体が作った既成の仕組みへ祈って一生奇跡を待つか。
3つに一つです。
  1. 2010/07/15(木) 17:55:13 |
  2. URL |
  3. 勇 #-
  4. [ 編集]

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今からを生きる俺ら世代流 花火のたしなみ方 夢を実現させる花火

甲府市の事務所で仕事中に、思い立って花火大会へ途中参加!! お隣の石和温泉の花火大会へ行ってきました~♪
  1. 2010/08/23(月) 16:04:44 |
  2. 山梨県ブロガー、勇のブログ 『富士山より先に噴火したいっ!!』